3月末に発覚した、静岡市内の中学で別室登校状態の女子生徒の卒業アルバムに元担任教諭が「厄介者」を意味する「黒い羊」という言葉が含まれた英語のことわざを寄せ書きした問題については、連載でも集中的に取り上げ、多くの声が寄せられた。子どもの心を傷つけた教諭への憤りとともに、こうした教諭の存在を容認する教育界への不信感も聞かれた。
教諭に対し身近な校長や同僚は必要なことをきちんと言ってきたのかという指摘があった。
放置姿勢 「校長はこの教員を放置していたのではないのか。そのような姿勢は、ほかの一般の先生にも広がり、口を閉ざして見て見ぬふりをするようになる。『間違っている』とはっきり言い合える関係が必要」 (静岡市内の中学生保護者) |
【記者の目】校長は男性教諭が生徒に乱暴な言葉で指導していたことや、保護者から苦情があることを知っていた。さらに保護者への説明会で「日ごろから職員を監督指導する立場にある校長が指導を徹底しておけば防ぐことができたと深く悔やんでいる」と述べ、対応が不十分だったことを認めた。
この問題が起きた際、校長は迅速に被害生徒・保護者への謝罪や市教委への報告をせず、発生後も当初は教諭に生徒指導主事を続けさせようとしていたことから考えれば、問題の重大さへの認識が足りなかったのは明らかだ。
元同僚によると、男性教諭は周囲の教員にも威圧的で、同僚も怖くて本人に指摘できない雰囲気があった。しかし今回の出来事は、見て見ぬふりの積み重ねが取り返しのつかない事態を招くことを示した。「何よりも子ども」であるなら、人ごととして放置することはできないはずだ。
未然防止できなかった市教委の対応への疑問も寄せられた。
未然防止 「市教委は『(教諭の問題点を)今回の出来事以前から把握していた』というが、そうであればなぜ、その時に手を打たなかったのか。教委に切実感や実行力がないことを自ら暴露したようなもの」(匿名) |
【記者の目】9年前に別の中学で、この教諭が顧問を務める運動部の生徒の父母らが「暴言が頻繁にある」などとして、顧問を外したり教員をやめさせるよう求める文書を市教委に提出していた。市教委は管理主事の学校訪問などを通じて教諭が「子どもに寄り添った指導」ができていないことを認識していた。しかし、今回のような問題行動は想定できなかったという。市教委がこのような教員に関する情報を引き継ぎ、現場が継続して指導できる環境を整える必要がある。
公務員の甘さにも厳しい声が上がった。
無責任 「公立学校の先生は、民間企業であれば即給与へ反映されそうな事例でもうやむやなまま放置されている。不出来な教師を誰が採用したのか、不出来な教師を誰が教育していくのか。誰も責任を取らないシステムが市教委はじめこの国にある。かわいそうな子どもたちを増やさないでほしい。先生には多くの教え子の1人でも、子どもたちにとっては人生の中の大切な出会いの1人なのだから」 (静岡市内の中3と小5の子を持つ母親) |
【記者の目】採用試験で適性がない人物をすべて排除することは不可能。1度教員になったら不適格であっても土俵から下ろすことは難しい。子どもへのマイナス影響を最小限に食い止めようと短期の異動を繰り返す「たらい回し」は根本的な対応とは言い難い。教員への評価をきちんと行い能力を自覚させ、対応できない教員への研修と配置転換への道を今以上に拡大すべきだ。評価の給与への反映は賛否あるが「ここにメスを入れないと変わらない」という現場教員の声もあり、特に若手は反映への抵抗感は少ない。(教育取材班)