今、聞かねば― 駆けつけ8年
「先生、今からちょっと来て」―。平日の深夜午前0時を回るころ、浜松市内のゲームセンターの中を歩く小笹貴道さん(51)=浜松市富塚町=の上着のポケットで、携帯電話の着信音が鳴った。
両親の離婚に始まり、夫からの虐待、自らの子への虐待―。少女時代から多くの悩みを抱える20代前半の女性の声だ。「どうした?」。小笹さんはまるで友達と話すような口調で女性と数分間会話した後、電話を切った。少し険しい表情を浮かべながら急ぎ足で車に乗り込み、待ち合わせの場所へ向かった。
黒いひげとベージュ色のジャケット姿といういでたちがトレードマークの小笹さん。浜松市内で学習塾を経営した後、3年前から不登校の子供たちを対象にしたフリースクールを運営している。
その傍ら、8年前から民生・児童委員の活動の延長として、毎晩11時をすぎると浜松市内の繁華街やコンビニ、郊外のゲームセンターなど子供たちの「たまり場」に出向き、少年少女の相談に乗る。深夜に突然、子供たちから携帯電話で呼び出されることも珍しくない。時間が許す限り駆けつけて相談に応じている。
洗車3回と免許
浜松市布橋の建設業坂牧直樹さん(25)は、16歳の時に小笹さんと知り合った。坂牧さんは当時、定時制の高校を辞め、親の離婚などを理由に家出した。無免許でバイクを乗り回す「走り屋」のリーダー格。夜になると浜松市内の公園で仲間とたむろする毎日を続けていた。
たまり場を度々訪れた小笹さんは、自らバイクを走らせ、同じ目線で少年たちと向き合った。「変わった人だな。年が離れているのに友達みたいに話しやすい」。坂牧さんには、小笹さんが普通の大人とは違う“不思議なオーラ”を放っているように見えた。
「おれの車を3回洗車したら、免許の費用を出してあげる。どう?」。坂牧さんはある日、小笹さんから声を掛けられた。1年以上も家出をしていて、お金もなかった。自分のことを気に掛けてくれる大人の優しい言葉がうれしかった。
坂牧さんはその条件を素直に受け入れ、すぐに免許を取得した。それを見ていた仲間もリーダーの坂牧さんをまねして、次々に免許を取りに行った。
「駄目なものは駄目と言った。でも約束は守ってくれる。絶対にうそをつかない大人」。坂牧さんはその出来事があってから、小笹さんを「親父」として慕う。坂牧さんが交通事故を起こした時や就職、恋愛など悩みを抱えた時、小笹さんのアドバイス通りに実行するとなぜか、すべてがうまくいった。
坂牧さんは現在、結婚し、2歳の男の子の父親だ。幸せな生活を送り、離婚した両親に対しても感謝の気持ちを抱けるようになった。「おれが早く気付くことができたのは塾長(小笹さん)のおかげ。子供が困った時には気付いてあげられる小笹さんのような親になりたい」。坂牧さんは頼もしい父親の表情を浮かべた。
「この子が今できること」
小笹さんが現在までにかかわった子供の数は5歳から27歳まで約500人。親の離婚や虐待、いじめ、不登校―。それぞれが抱える悩みを聴いた上で、「この子が、今すぐにできることは何か」を子供と納得するまで話し合い、柔軟な解決方法を見いだしてきた。
かかわった子供の多くは、大人や社会を許せない子。親や学校との関係もうまくいかないことから、家を出たり、非行や犯罪に走ったりする。最近では、小笹さんの活動を聞きつけた保護者から相談を受けることも。地元では、親子の“駆け込み寺”としての役割を担う。
その一方で、地域や警察、行政機関などから「スタンドプレーをしている」と批判を受けることも少なくない。それでも“夜回り”は今後も続けていくという。「小さい時に芽を摘まないと取り返しのつかないことになってしまう。処分を受けてしまうような事態に陥る前に、昼の世界に1日でも早く戻したい。そして、学校へ行って生きる基礎を学んでもらわないと」と力を込める。
民生・児童委員 厚生労働大臣から委嘱された民間の奉仕者。地域住民の1人として、決められた地域で非行や被虐待、不登校、障害などさまざまな問題を抱えた児童の相談などに応じ、必要があれば、児童相談所などの関係行政機関に通告する。現在、浜松市内の民生・児童委員は860人。このうち、児童を専門に担当する主任児童委員が69人いる。
一方、県西部地区を管轄する児童相談所に、平成15年度、民生・児童委員らの通告で寄せられた相談件数は2155件。知的障害に関する相談が最も多く832件で、全体の約4割を占めた。また虐待や父母の死亡などを含む養護相談は517件で、年々増加傾向にある。
小笹さんに聞く 生きる基礎学ぶ生活に戻るすべ共に探す ―小笹さんが夜回りをする理由を教えてください。 「学校に戻ってもらいたい。その一言ですね。3年前に始めたフリースクールの運営もその方針でやっています。大勢の子供が集う小学校や中学校は社会で生活するためのトレーニング場です。トレーニングを受けていない子は知識が身に付かない。社会のルールや生活の仕方を知らないで育つから、いつか、とんでもない行動を起こすんです。さらに、それが引きこもりの予備軍にもなって、20代、30代、40代と年齢が上がるにつれて社会に放り出されてしまい、引きこもりになる。引きこもりが増えるとどうなるか。実態がつかめていないから怖い。その悪循環をくい止めるきっかけの1つが、夜回りだと思っています」 ―今の日本の教育についての課題は何だと思いますか。 「“子育て”という観点から根本的な治療をしていかなければならないでしょうね。今の親世代は、ものが豊富な時代に生きています。だから、その子供も我慢のできない子に育ってしまっている。出会い系サイトに絡んだ事件の原因もそういったところにあると考えています。ここ数年、フリースクールが増加している現状からも分かるように、今の日本は、莫大(ばくだい)なお金を費やして不登校の問題を解決しようと真剣ですが、これから親になろうとしている子供たちにもっと目を向けるべきだと思います」 ―最近の子供、最近の親についてどう思っていますか。 「特に不登校の子供に多いのですが、親の顔色をうかがって行動する子供が増えていると感じます。一方で子供が不登校で悩んでいる母親と話をすると、『うちの子は素直でいい子。なのになんで学校に行ってくれないのかしら』という人がいます。そして、はれものに触るように子供を施設に頼んだりしますよね。子供に我慢することを教えるのはもちろん大切ですが、まず親に1つお願いしたい。子供が大人の考えていることをよく分かっていることに早く気付いてほしい。子供よりも親が変わることが必要だと思います」 ―今後の目標を聞かせください。 「正直言って、1人では現状に対処できないのが現実です。例えば、私が行っているような活動を健全育成や自治会の組織として取り組んでいってはどうか。地域で子供を育てる社会をこの街から発信させていくことが夢です。そして今まで通り、“夜回り先生”を続けて、救いを求めている子供たちに少しでも近付き、話を聴いてあげたいと思っています」 |
小学校の教科担任制導入で、専門教諭と担任とが教室で子供の指導に当たる=奈良市田原の市立田原小中学校 |
全国の特区 奈良市
郷土発信の担い手育成 9年一貫「市立田原小中学校」
奈良市の中心地から東へ車で35分。だんだん畑の広がるのどかな山あいに、4月、小中一貫校「市立田原小中学校」(同市田原)が誕生した。
小学生77人、中学生61人の小規模校。文部科学省から同市が認定されている「小中一貫教育特区」のパイロット校に選ばれ、これまで敷地を並べていた田原小と田原中が1つに統合され、市内で唯一の9年一貫カリキュラムをスタートさせた。
「世界遺産に学び、ともに歩むまち」―。同市教委は世界遺産「古都奈良の文化財」を有する町として郷土に誇りを持ち、海外に郷土の素晴らしさを発信する担い手を育成しようと、カリキュラムの目玉に「郷土なら科」を設置した。併せて、ALT(語学指導助手)による「英会話科」(1―9年)とデジタルカメラ操作から英語版ホームページの作成までを学ぶ「情報科」(3―9年)を置いた。
三科目を連動させ、授業の連続性、継続性に重点を入れた教育方針。担当教諭は「今までの総合的な学習とも似ているが、学校周辺の地域学習に目を向けていた内容から、観光産業やキャリア教育まで視野が広がった」と話す。
田原地区は兼業農家を中心に790世帯約2000人の小さな町。「2世帯以上の家庭も多く、まだ昔の日本のよう」と話すのは教諭の1人。のんびりした雰囲気の学校で始まった新しい取り組みは、地域の期待を受ける一方で、教師や子供たちの戸惑いも見受けられた。
新カリキュラムでは、授業数は小学1―2年で年間10時間、小3―中3で35時間も増加。さらに、小学校の授業を中学校教諭が受け持つ教科担任制を導入し、小学5年生からは数学や英語に中学の教科書を使用する教育課程の移行措置も取り入れた。
「英才教育ではないが、きちんとした学力は身に付けさせたい」と稲垣美佐子校長。同市教委学校教育課の担当者は「子供の数が減っている、地域の連携がうまくいっているなどの条件から、同校をモデルとした。成果が表れるには時間がかかるが、様子を見ながら次の学校を検討したい」と期待を寄せる。