『大谷(現袋井市)の松井光平さんの東側まで来ると、堀の水が動いていた。「いや、何だいなあ?」と誰かがいった。近寄って見ると、風がないのに確かに水が揺れ動いていた。そのうちに、南の方からゴーという異様な音とともに、地ひびきを感じた。その音がだんだん近くなるにつれて、堀の水が大きくゆれ出し、足もとを取られ、立っていられない』
昭和五十七年(一九八二年)発刊の「東南海地震の記録」(県中遠振興センター)。ここに集められた地震当時の証言の数々からは、東南海地震の特徴がよく分かる。
堀の水の動きを取り上げた「袋井市の西村和泉さんの証言」は、東南海地震の初期微動の様子を伝えている。地震波には早く到達するP波と主要動のS波があり、P波は人体にはビリビリ、ガタガタと小刻みな揺れで感じ、S波はユサユサ、グラグラと揺れで感じる。初期微動はP波に当たる揺れで、証言からは、大きく揺れだす前に、水が微妙に揺れだしていた様子がよく分かる。
『第5時の国語の授業が終わった。ノートをとっていた鉛筆がふっと止まり、なんとなく顔を見合わせた。異常に気がついたのだ。うしろの方で「びんぼうゆすりはよせ」という声が聞こえた直後、はっきり地震とわかるゆれが来た』(袋井商業学校)
『午後の音楽の時間だった。起立して歌をうたっていたのか、皆立っていた。その時、はじめ小さな音でガタガタどことなく音がして、私は誰かが腰掛けか机をわざと動かしているのだと思っていたが、そのうち窓ガラスが鳴ったり、自分の机などが動き出した』(小笠町)
これらの証言も、初期微動が人体にかすかに感じられていた様子を伝えている。
秒速七、八キロのP波が到達してから、その二分の一程度の遅いスピードのS波が到達するまでが初期微動継続時間。県西部と震源地の熊野灘は百キロ以上も離れていたため、そのタイムラグ(時間差)は十数秒。「東南海地震の記録」をまとめた「東南海地震記録集編集委員会」(県西部の教員で構成、鈴木勝良会長=当時・袋井高校長)の解析では、初期微動継続時間は一七・一秒と大変長かった。初期微動で外へ逃げれば良いかは一概には言えないが、東南海地震の場合は、このかすかな揺れを感じて屋外などへ逃げて助かった人も多かった。
(2003.2.17掲載)