『お昼の食事をすませて、戌(いぬ)持の田に麦播(ま)き、リヤカーの堆肥をカルコ(軽籠)に移していると、急に目まいを感じたとたん、南の方より不気味なうねり音がしてきたと思うと、立っていられず、すぐその場に四つばいになりました』(東横地 三つ井操)
県中遠振興センター(現中遠県行政センター)発刊の「東南海地震の記録」の証言には、地鳴りに関する内容も多い。旧横地村(現小笠郡菊川町)の「三つ井操」さんの体験談で『南の方より不気味なうねり音』と表現されているのが地鳴りで、初期微動と思われる最初のかすかな揺れとほぼ同時に聞こえてきたようだ。
『突然、何の予知もなく「ドロドロ」という不気味な地響きと共に、藁人形も大地も異様に揺れ動く、的を失った私は、とっさに地震だなとは考えられなかった』(太郎助=現浅羽町 安間芳男)
『南北の方角より、ザザーッ、ドドドッという地鳴りのような音がしたと思うと、事務所の建物、続いて精米所の建物がガラガラと崩れた』(向笠=現磐田市 堀川哲夫)
『ザーという、ものすごい強い風かと思われる様な地鳴りがしたかと思うと、県道福田横須賀線が蛇がはう如くにくねくねと動き、地面は小波のように動いたのでした』(浅羽一色=現浅羽町 竹原茂) これらの証言のように地鳴りの音は、「ドロドロ」とか「ザー」「ドドドッ」などと聞こえたようだ。また「言葉に表せないような不気味な音」という表現も多かった。
「東南海地震の記録」の編集委員だった県西部の教師らの調べでは、地鳴りを聞いた住民は中遠地域の約30%に達した。聞こえた方向は南西方向が中心。この結果は「東南海地震の教訓」(県中遠振興センター刊)にまとめられている。
昭和十九年(一九四四年)十二月七日の東南海地震=マグニチュード(M)7・9=は震源が紀伊半島沖の熊野灘。中遠地方から見れば南西方向で、地震波の到来方向から地鳴りは聞こえてきたわけだ。最新のコンピューターによる地震波のシミュレーション(模擬)実験では、震源から、特に強い地震波が静岡県方向に当たる北東方向へ押し寄せる様子が再現されている。県から見れば、強い地震波が地響きを立てて南西から襲ってきたことになる。
(2003.3.3掲載)