『七日昼間ノ強震ニ加フルニ夜間ニ及ビ空襲警報発令セラレ一般人心ハ極度ニ動揺ノ兆アルヲ観取セシタルニ付速時流言蜚語防止ノ指導取締ノ専従員ヲ選定…』
浜松市立中央図書館所蔵の「静岡縣濱松警察署」の資料には、『流言蜚語取締状況』として、昭和十九年の東南海地震の直後の流言と対応状況が収録され、貴重な記録となっている。
『七日午後三時 浜松駅待合室 今日ノ地震ハ静岡ガ特ニヒドクヤラレタソウダ云々』
『八日午後一時 浜松市鍛冶町通道路上 高塚ノ遠州機械ガ全滅デ大分工員ガ死ンダ』
記録にはデマになりかねない市民の会話が収められている。そして、時間を追うごとに、話がしだいに大きくなっていく様子が分かる。
『八日午後七時 浜名郡積志村有玉 袋井町全滅ダ一軒モ立ツテ居ル家ハナイ』
『八日午後八時 浜松市森田町 今夜大キナ地震ガ来ルカラ外デ夜ヲ明カサナケレバナラナイ』
これに対し警察は、流言を発見した場合は、その場で指導し、一般への流布を防止した―と経過が記されている。
ただ、九日には『今日又大地震ガアルカモワカラナイカラ気ヲツケタ方ガヨイ』といった流言が広まり、『三時頃大地震ガアルソウダ』『三時カラ四時迄ノ間ニ地震ガアルト言フ警報ガ出テイル』となったとし、『根源捜査ニ着手』とある。
当時は戦時中とあって、当局が神経質になった様子がうかがえる。一方で、地震に関する情報が拡大・曲解されていく事態は現代に通じる教訓でもある。
残っている資料は多くないが、当時の毎日新聞には十二月十日付で『流言に迷うな 濱松署から注意』といった短い記事が見られる。敵機襲来の非常時で、ふだんから警戒を呼び掛けているのに流言が一、二時間で全市に広まったのは嘆かわしい―といった内容だ。
流言の発生経路については、一カ月以上たった同じ毎日新聞の昭和二十年一月十九日付に『デマは粉砕頑張れ 不覚、遠州ッ子に黒星 判った“大地震がある”の真相』の見出しで記事が載っている。それによると、地震翌朝、浜松市南部の某通行人がS嬢に向かって「今日は大地震の翌くる日だから、相当な余震があるかもしれぬ」と興味で話し掛けたのが発生源だとし、内容が大きくなっていく過程が紹介されている。
(2003.6.30掲載)