昭和十九年(一九四四年)十二月七日、東南海地震発生の直前に起きた水準測量の“異常”。それを記した越山敏郎氏(当時・陸軍技手=測量官、後の国土地理院測地部係長)の手記は、地震から六十年目の今年五月の地球惑星科学関連学会合同大会で、再び注目を集めた。
『(午前に出た大きな往復誤差について)原因不明のまま、午後の観測に入った。ナンバー5259から掛川に向かって7点終わって8点目にタンニング(ターニング、折り返し)した』
『レベルを合致させようとするも、レベルの気泡が動いて静止しない』
『いろいろ試みたが、レベルの動きはますます大きくなるばかりであった。そのうち大地震がおき…』
これらの内容を再解析した名古屋大の木股文昭助教授らが、地震直前のタンニング地点や水準儀(測量計器)のレベルの気泡の動きに注目し、分単位の変化を細かに再現した。そして、地震の十分前には大規模なプレスリップ(前兆滑り)現象が愛知県から県西部の地下で起きていた―とする新説を発表したのだ。
巨大な東南海地震が発生する十分前、その震源域の北側のプレート(岩板)境界で、地震の引き金とも言えるプレスリップが起きていた。それが“大地の不安定化”となって地表に伝わり、当時の人々の多くが“地震の前触れ”を感じ取った―。
そんな仮説が成り立つわけだ。
木股助教授は国土地理院に保管されている当時の水準儀も調べ、「気泡が動く」という状況が、傾斜にして十キロで十センチほど地面が隆起する変動に相当する、と推測した。そうした地殻変動量や東南海地震の地震断層(震源)モデル=プレート間が三・八メートル南東に滑った計算=から「名古屋から天竜川河口付近までの地下二、三十キロのプレート境界が約一メートル、地震直前に滑ったのではないか」と結論付けている。
(2003.7.28掲載)