南伊豆町の石廊崎、中木、入間、妻良…。昭和四十九年(一九七四年)の伊豆半島沖地震=マグニチュード(M)6・9=を引き起こした断層沿いに、被災地が連なった。
『石廊崎=石廊崎測候所の地震計記録では初動はふり止め一杯にふれ、全振幅で上下動が約8センチ、水平動が約9センチであったが、ふり切れていた。測風塔(9メートルの高さ)にひびが入り、鉄塔が10センチも浮き上がった。木造の測候所では戸棚や本棚が倒れ、ずり動いたりして、その中の書類や書物はメチャメチャに散在したとのことであった。地割れが至る所にあり、短周期の振動が目立った形跡が見られた』
『入間=コンクリートの塀やブロック塀が倒れたり、ブロック造りの家の全壊、鉄骨造りの家も被害を受けていた。神社の石灯籠が倒れ、石垣も石段も崩れていた。社殿も一部破壊された』
『妻良=山ぎわの岩盤地帯では家屋の倒壊などの被害はなかったが、家の中の家具類の損害はかなりあった。入江付近に発達した砂地盤や埋め立て地では家屋の被害が目立った。また、地震動が激しかったためか家屋の沈下や傾斜が見られ、墓石はほとんど倒れた』
文部省科学研究費による「1974年伊豆半島沖地震災害調査研究」(研究代表者・土隆一静大教授=当時、現名誉教授)で報告された各地の被害状況だ。地表に現れた断層から、地割れ、斜面崩壊、落石、と地震のつめ跡が石廊崎から北西へ延びる直線上に残されていた。
現地調査した通産省工業技術院地質調査所=当時、現独立行政法人産業技術総合研究所=の調査員は、その被害も『四種類に分けられる』と分析して調査報告書(一九七七年)に記している。
『断層変位の直接の影響による家のゆがみや台の亀裂』『地震動が特に大きかった断層直上での被害』『斜面崩壊や落石』『軟弱地盤のための被害』の四つ。斜面崩壊の最大の被害が中木地区の地滑りで、軟弱地盤は入間地区が典型だった。
(2003.12.16掲載)