『地震断層はすべてNW(北西)―SE(南東)方向を示し、右横ずれ変位を示した。垂直変位は一カ所の例外(入間断層西北端部)を除き、概して南側上がりであった』
昭和四十九年(一九七四年)の伊豆半島沖地震=マグニチュード(M)6・9=を引き起こした石廊崎断層の調査記録は、多数の報告書に収められている。中でも、断層の露頭を多数現地踏査した地質調査所(現独立行政法人・産業技術総合研究所)の報告は詳しく、NW―SE方向に並ぶように地表に現れた断層を各所で確認している。
『集落の東端稲葉幸雄氏宅の裏では(中略)高さ約二・五メートルの垂直の崖面を横切り、南側の岩盤が相対的に西へせり出して断層面を見せた』
『石廊崎から中木へ抜ける山道の峠(中略)に断層露頭が現れた』
『石廊崎断層の変位を示す露頭は、入間集落の東端部を流れる川の河口部の両岸に現れた。(中略)コンクリート護岸壁が北端部で破壊され(中略)亀裂が明瞭に現れた』
これらの記録がまとめられ、結論としては、今回の横ずれは最大で約四十五センチで、石廊崎(地震)断層は既存の断層が再活動したものだったことがはっきりした。地形を分析した結果からは、尾根や谷のずれから、右横ずれの全体量は二百メートルから二百五十メートルということも分かった。
このため、石廊崎断層は、繰り返し何百回も地震を引き起こしながら、ずれていって、地形に断層と分かる特徴が刻まれた―と推測された。
活断層の専門家の松田時彦東大地震研教授(現名誉教授)は総合的に解析して、石廊崎断層が約千年に一回、〇・一メートルから一メートル動くB級活断層だとしている。中央構造線や北伊豆の丹那断層など千年に一回、一メートルから十メートル動くA級活断層よりは小規模だが、注意を要する断層というわけだ。
当時「そんな活断層があるのなら引っ越す、という話が地元で巻き起こった」と静大の土隆一名誉教授は振り返る。ただ、「次は早くても六百年から八百年後だと話すと、なら引っ越さなくても良いという話に落ち着いた」と言う。
(2003.12.22掲載)