『寿命の縮まる思いでした。あれ以来、夜も眠れません。入間、中木に比べれば、被害が少なかったのが救いですが、こんな恐ろしい思い出は早く忘れたい。しかし、伊浜は絶対に離れたくない。そして再び悲劇を繰り返さないようにするため、対策を考えていただきたい』=農業(59)
昭和四十九年(一九七四年)の伊豆半島沖地震=マグニチュード(M)6・9=の被災状況を報じる本紙は、復旧が進む現地から、被災者の“生の声”も伝えている。
「寿命が縮まる」との表現は誇張ではなく、伊浜地区も、集落直撃こそなかったものの、裏山の斜面は何カ所かで崩壊していたのだ。それでも地元への愛着は強く、「絶対離れたくない」と訴えている。 一方、全く反対の声もあった。
『本当に恐ろしかった。とてもここでは暮らせないと思います。家の石垣が陥没し、マーガレット畑が全滅してしまいました。地質研究家の調査でも、この地質では、強度の地震に耐えられないので立ち退いた方がよいといわれたそうです。裏山には、キ裂が走り、雨でも降れば逃げ出すしかありません。いま一番望むことは二度とこんな思いをしなくてすむよう、この土地を離れることです』
落居地区の三十代の民宿経営者だ。確かに斜面崩壊でマーガレットの段々畑も何カ所かで崩れ落ちた。身の危険と経済的な打撃で、精神的に参っている様子だ。
『今度の地震は全くの“天災”としかいえないが、入間地区では砂地に石垣を築き建てられた家が多いため、家屋への被害が大きかった。この地区では、これまでいつも台風、火事に対する防災には積極的だったが、地震に対しては全く無防備だった。今後は砂地への建築方法を改めて考え直し、再建する必要があると思う』=農業(46)
『どこにも文句が言えない天災としか考えられません。しかし、塩害、台風などに重点を置いた瓦ぶきの土蔵建築が地震に弱いことを痛感させられました。私の家も全壊してしまった。今は後片付けで精いっぱいで何も考えられませんが、とにかく住む所を欲しい』=主婦(48)
地震は全くの予想外で、不意を突かれた被災者の様子が伝わってくる。中木地区の四十五歳の男性は『地震でこれほどの被害を受けるとは誰も予想しなかっただろう。それだけにショックも大きい。しかし実際のところは家や姉を失って何も考えられない状態です』と悲痛な心境を訴えている。
(2004.2.10掲載)