急傾斜地斜面災害 あくまで「自己責任」
「ご先祖さまがこんな所に家を建ててしまったからね。地震が来ても運が悪かったとしかいいようがないよ」。掛川市家代の小柳津勝彦さん(65)は自嘲(じちょう)気味に話す。小柳津家は100年以上続く農家の家系。代々守ってきた家の裏には、今にも崩れそうな切り立ったがけが迫る。今年3月、建築物の構造規制や移転勧告の対象になる土砂災害防止法の特別警戒区域に指定された。「山に擁壁ができたらいいけど、今は国や市も貧乏だからね。自己責任で何とかするしかないよ」
斜面災害が起きるたびに浮上する「自己責任」問題。「危険な場所に住んでいるのが悪い」という考え方だ。私有財産の被害に公的援助をしない国の方針からすれば、急傾斜地で斜面災害に遭っても自己責任で復旧しなければならない。平成13年4月から施行された「土砂災害防止法」は、そんな国の方針をさらに後押ししようとしている。同法は、土砂災害で死者24人を出した平成11年の広島災害を受け、急傾斜地における災害対策の切り札として制定された。急傾斜地崩落危険区域を指定する「急傾斜地法(通称)」が切土・盛土や木の伐採などを禁じているのに対し、土砂災害防止法は、より規制色が強いのが特徴。同法の特別警戒区域に指定されると、住宅の新築に対する建築確認が義務化されたり、特定開発行為が許可制になる。都道府県知事による移転勧告を受ける可能性もある。
県砂防室の加納章室長は「危険個所は増え続けている。ハード対策が追いつかない以上、危険な場所に新しい家を建てないようにすることが必要」と同法の趣旨を説明する。家の新築や開発行為を制限することで、危険な場所に人が住むのを防ぐというわけだ。
建て替えに関する規制があり、既に住んでいる人にとっても大きな重圧となる。特別警戒区域の定義は「急傾斜地の崩落などが発生した場合に、建築物に損壊が生じ、住民の生命・身体に著しい危害が生ずる恐れがある」。移転勧告の発令を待たなくても、立ち退きを考えたくなる物々しい文言だ。
県は広島県に次いで全国2例目という早さで、16年度から指定作業を開始した。作業は各地区の土木事務所が担当し、土砂災害危険個所を対象に、(1)航空測量(2)住民への説明(3)同意を得た上で指定―という手順を踏んでいく。16年度は静岡、三島、掛川各市で計58区域を指定した。
同区域に指定されれば、市町村が地域防災計画の中に警戒避難体制を盛り込むなど、防災体制が強化されるメリットはある。しかし、擁壁の設置などハード面の恩恵はゼロ。資産価値が下がるなどの理由で、指定を拒む住民も少なくないという。前年度、住民への説明を担当した県土木事務所の職員は「土地に愛着のある住民にはなかなか理解してもらえなかった。どうしても駄目な家には市に対応をお願いした」と明かす。
県は本年度も約100区域の指定を目指す。年々指定のペースを上げ、最終的には県内の土砂災害危険個所約1万5000カ所すべてを対象にしていく考えだ。ただ、法施行から4年が経過しているにもかかわらず、全国的に指定は進んでいない。国土交通省によると5月現在、警戒区域に指定したのは15県、3772区域にとどまっている。
県土砂災害防止法指定検討委員会の委員長を務めた土屋智静岡大教授は「公共事業が減る中、危険な場所を増やさないようにする必要がある。ある程度の規制をかけるのも仕方がない」と同法の役割を評価する。一方、同法による移転勧告に伴う補助は、利子の上乗せなどごく一部に限られる。今住んでいる人には、ここでも「自己責任」の原則がのしかかる。
(この連載は、地震取材班・望月祐子、市川雄一が担当しました)