伊豆美さんの実家の奥山家は山間部にある。やはり警戒宣言発令から間をおかず、同報無線の個別受信機が鳴り、町役場から「△□地区は山・がけ崩れの危険予想地域なので、避難してください」と広報された。
津波の危険予想地域内にある自宅から避難した東海さんの親類の伊東さん一家は、避難地の小学校に到着。体育館は昨年、耐震補強の工事を終えたばかりだったのを思い出した。「ここなら地震でも大丈夫だろう。取りあえず今夜はここで夜明かしか…」と足を向けたところで、自主防災組織の役員に声を掛けられた。「避難は屋外が原則なので、グラウンドの方へお願いします」
グラウンドでは、自主防の役員らが天幕やテントを張ったり、ビニールシートを敷いたりと、避難スペースの設営に慌ただしく動いていた。伊東さんの隣家の熱海さんも役員の1人で、中心となって指示を出していた。伊東さんたちは災害時の厳しさを実感しながら、自分たちのスペースを決めて荷物を下ろした。
避難地の運営は、自主防と学校、行政が協力して当たる。やがて市からも職員が派遣されてきて、三者で話し合いを始め、運営本部を設置した。地域の自主防は、熱海さんらを中心に活動がしっかりしていて、避難地運営のベースとなる避難生活計画書もきちっと作成してあった。
熱海さんらは、次々と集まってくる避難住民のリストを作成。台帳を基に、「○△さんのお宅の人たちがまだ見えないので、所在を確認して」と、安否確認も進めた。生活に必要な資機材、物資の状況確認などもてきぱきと進め、足りないものは市の職員に伝えて、補給を要請した。
避難住民の中には、体の弱いお年寄りや、妊婦の姿も。「屋外生活が大変な人は、体育館の方で避難を」と、役員が誘導した。