防災の日を間近に控えたある日、県庁別館総合指令室に十数人の職員が集まり、意見を交わしていた。県庁内では今、部局を超えたいくつかの作業部会が、東海地震対策の細部にわたる再検討に取り組んでいる。重要なテーマの一つが、「警戒宣言前からの防災対応」だ。
今年、国が進めた一連の対策改革の目玉は、直前予知ができた時の事前情報を「観測情報」「注意情報」「予知情報(警戒宣言)」の三段階に分けた改正。中でも注意情報を、防災準備行動開始の合図と位置付け、従来の警戒宣言からの前倒しを図った。「情報の名前が分かりやすくなり、国の対応もセットで示され、一般の理解も広がるのでは」と広井脩東大社会情報研究所教授は語り、石川嘉延知事も「体制発動がしやすくなる」と評価した。
地震学、観測の発達が、早い段階で前兆現象をとらえる可能性を広げ、注意情報の新設へとつながった。しかし、社会の側が地震を迎え撃つ準備をしっかりと整えなければ、「予知防災」は絵に描いたもちに終わる。「地震研究の成果を社会に生かすという視点とその実践が必要」という地震調査研究推進本部の伊藤滋氏(早稲田大教授)の指摘は、本県にとっても重い問題提起だ。
その答えとして県は、注意情報の時点で何ができるか、すべきことは何かを整理し、地域防災計画に反映させる作業を急ぐ。
杉山栄一県防災局長は「(1)警戒宣言が出てからでは間に合わないような対応(2)早めに動くことで社会的混乱が少なくなる対応(3)警戒宣言後にスムーズに事を運ぶための準備対応、が中心になるだろう」と説明。避難対象地域の弱者の避難、遠距離通勤・通学者の帰宅、耐震性に不安のある病院からの患者の早期移転などを例に挙げ、「きっちりと洗いだすよう作業部会に指示している」と表情を引き締める。計画は市町村、最終的には住民レベルの行動の指針にもなるだけに、万全なものに仕上げる構えだ。
一九七八年に大規模地震対策特別措置法(大震法)が定めた警戒宣言は、世界に前例のない画期的な発災前対応システムの提示だった。二十五年を経た今、「より早く、より的確な」システムへの改善を目指して、関係者の挑戦が本格化する。
(「2003年東海地震」取材班)
(2003年08月31日朝刊掲載)