年季の入った薄茶色の梁(はり)と、さらに古めかしい焦げ茶色の梁が一階と二階の間で並行する。大工がこの二本の側面に厚いベニヤ板を張り付けていく。等間隔で鉄板を上張りする。ドリルのけたたましい音が響く。「平屋に後から二階を載っけている。当然、二階まで貫く柱はない」。建築士の鈴木悦夫さん(52)が図面を示した。合板と鉄板による念入りな施工は、不安定な一、二階をつなぐ重要な補強ポイントだった。
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静岡市清水堂林の松浦堯(たかし)さん(68)方は昭和二十七年に平屋で建てられた。五十五年に二階を増築した。耐震診断の評点は〇・二八。一応の安全を担保する一・〇に遠く及ばない「倒壊、大破壊の危険あり」の数値だった。建物の強度を確保する壁が全体に少なく、一階の南側は一面窓。基礎の部分的なひび、柱の傾斜も大きな減点要因となった。
県によると、耐震補強の工費は百九十万円が平均とされる。松浦さん方はリフォームを兼ねた工事のため、三百万円を超えた。高額だったが、診断結果を見て「今まで大地震がなかったのが幸せだった」とつくづく思った。家の老朽化も限界で、後に引く気はなかった。
家族は工事中、二階で生活した。工期が長引き、銭湯通いなどの不便が続いた。それでも、不満はなかった。「安心してお願いできた。一方的な工事でなく、こちらの意見を聞きながら、考えて進めてくれたから」。長い工期は住人と建築士、大工の強い信頼関係を築く時間でもあった。
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掛川市高田の宮崎貞雄さん(71)方は昭和四十四年築の木造平屋建て。診断の評点は「倒壊、大破壊の危険あり」の〇・六一だった。壁に筋交いを入れ、合板で補強する工事。費用は百万円以下で抑えられた。夫婦二人暮らしの高齢者世帯のため、補助金は通常より割り増しの五十万円が出る。「工費の半額ももらえるのはありがたい」と喜ぶ。
小学校高学年のころ経験した東南海地震が、今も記憶に生々しい。「地面が船のように揺れた。近くのお茶の木に必死にしがみついた」。周囲の家はあっけなく倒れた。バキバキと破裂するような音が鮮明に耳に残る。
自宅の耐震工事を決意したのは、恐怖心をぬぐうためだった。「若いうちはいいが、年を取れば逃げ足も鈍る。安心感がほしかった」と思いを語った。(「東海地震は今」取材班)