戦時中の昭和十九年十二月七日、午後一時三十六分―。熊野灘を震央とするマグニチュード(M)8・0の東南海地震が発生、袋井市の太田川流域の軟弱地盤地域は、壊滅的な打撃を受けた。
あれから六十年。今でも市内各地で新築住宅を建てる住民から地盤の問い合わせが市に入る。旧今井村など倒壊率が高かった地域で進む住宅建て替え。「基礎工事に力を入れたり、軽量の屋根にするなど住民は工夫している。被害の記憶が風化しているわけではない」。永田進同市防災監はいう。
いつ起きてもおかしくない東海地震。予想震源域はさらに近い。東南海地震で被害を受けた袋井、磐田、掛川市は民間とも連携して、先進的な対策に取り組んでいる。
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掛川は補強計画の補助額上限の十四万四千円まで助成する施策を平成十四年から実施。袋井も本年度から同様の助成に乗り出す。県が開発した防災ベッド。袋井は二十万、掛川、磐田は十万円の補助が出る。
行政と民間との連携も見逃せない。掛川は大工、設計士と協議会を設け、補強工事を推進。磐田では磐田建築工業組合有志で作る「地震と災害を考える大工の会」が協力し、家具の転倒防止を積極的に進めている。
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しかし、三市とも市側が期待するほど補強工事件数は伸びない。磐田市公園住宅課の壁屋勝彦係長は「広報やダイレクトメールなどでPRに努めているが、補助金額の問題ではない。補強の必要性を感じないと向いてくれない」と嘆く。
県が十三年五月に発表した第三次地震被害想定によると、袋井市は80%が震度6強以上。「一刻も早く耐震化を図らなければ命にかかわる」と永田防災監。ところが、東南海地震では、最初の揺れの後、大きな横揺れが襲うまで十数秒ほどの間があった。「今でもお年寄りは、逃げる時間があったから家が倒れても大丈夫と言う。地震はどんな状況で来るか分からないと、一軒ずつ回って訴えたいぐらいだ」と市担当者は焦りすら見せる。
掛川市が地震防災リーダー人材養成研修会の参加者を対象に実施したアンケートでは、耐震診断をしないと答えた38・9%が「お金がかかる」を理由に挙げた。榛村純一市長は「完璧な耐震補強までできなくても、地震でペシャンコにならない家を作ればいい。やれる範囲で命を守ることが重要だ」と強調している。(「東海地震は今」取材班)