「娘や孫が同居するようになって、耐震補強をしなくては、と思った」。県東部に住む男性(76)は、近く自宅の補強工事を行う予定だ。同居以前は老夫婦の二人住まい。「地震でつぶれたらつぶれたでいいや、年金生活だからむだな金は使えない―とずっと思っていたんですよ。でも、孫がもし命を落としたら、かわいそうだから」。資金に余裕はないが、肉親の安全には代えられない。男性はその思いで「壁」を乗り越えようとしている。
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掛川市の関七郎さん(71)は小学校時代に東南海地震を経験。集団下校の途中、多くの倒壊家屋を見た記憶が今も鮮明だ。築四十年余の家には愛着がある。老朽化が進むにつれ、耐震化は気になっていた。「避難所暮らしは嫌。できれば地震後も自分の家にいたい。業者に対しても、地震の後ではこちらの立場が弱くなるが、今なら対等に施工を頼める」と考え、決意した。
富士市の中村英策さん(81)は、自宅を手掛けた大工から声を掛けられて診断を受けたのをきっかけに、補強まで進んだ。「前から危ないな、やらないといかんなとは思っていたけれど、声が掛からなかったらやらなかったと思う。知らない大工でも話に乗らなかったかもしれない」という。地盤が悪いので、それなりの被害は覚悟しているが、「補強すれば死ぬことはないだろうと。安心感は得た」と語る。
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東京経済大の吉井博明教授は、「壁」を越えるきっかけとして「まず耐震診断を進めることが重要だ」と強調する。吉井教授が掛川、焼津市で行った調査で、県の専門家診断を受けた世帯の約一割が建て替えに、やはり約一割が県の補助金を当てにせずに補強工事へと踏み切っていたという。
「漠然と抱いていた不安が明確になるという診断の効果が表れている」と吉井教授は話し、耐震診断への費用支援や、重点地区を決めてのローラー作戦などに力を入れるべき、と指摘する。県の専門家無料診断の実施実績は、十三―十五年度で約三万件。県内の老朽木造住宅約六十万棟に対しては、まだ5%にすぎない。余地はまだまだ大きい。(「東海地震は今」取材班)