世界における自然災害による年平均被害者数の一九八八年から二〇〇〇年までの集計を見ると、干ばつ・飢きんが七千万―八千万人、地震や火山によるものが一千万人以下であるのに対し、洪水によるものは実に一億七千万―八千万人と圧倒的に多い。
我が国における各種災害による年平均被害者数を調べてみると、火災が五万棟、地震が三千九百棟に対し、水害が二十万棟と圧倒的に多い。その要因としては我が国の国土の10%の河川氾濫(はんらん)区域に、人口の49%が居住し、資産の75%が集積していること、さらに、欧米と比較して降雨が二倍以上多く、それも台風期・梅雨期などに集中することが挙げられる。その結果、急峻(しゅん)な山地では土砂災害が頻発し、その土砂を下流へ流す河川は世界でも例を見ない天井川となり、その堤防はカミソリ堤と揶揄(やゆ)されるほどよく切れるのである。破堤の輪廻(ね)を繰り返す天井川の宿命を背負っているのである。世界においても日本においても最大の自然災害は河川災害であり、我が国においては更(さら)に頻発する土砂災害が河川災害を一層大きくしている。
全国に百九ある一級河川のうち六河川がこの静岡県内を流下している。昭和三十三年、台風で死者行方不明者千二百六十九人を出した狩野川、フォッサマグナに沿う日本三大急流の富士川、糸魚川―静岡構造線そのものの安倍川、東海道の難所として名高い大井川、昭和三十六年の伊那谷災害の暴れ天竜川、小河川であるが災害の悲惨さで引けをとらない菊川の六つである。いずれも日本の災害史を飾る立役者ぞろいである。
静岡においては、災害といえば、近く生起する可能性が高い東海地震、そして富士山の噴火などがマスコミに取り上げられて実にかしましい。宝永四年の宝永地震は死者不明者約二万人、被災戸数約八万戸と大災害をもたらした。ここで忘れて欲しくないものは巨大地震が引き金として生じた日本三大崩れの大谷崩の大山体崩壊だ。
大谷崩は一億二千万立方メートルの大山体崩壊であり、安倍川の源頭部から下流の河口まで河底を一変させてしまった。また、日本の風土の美の象徴、富士山の山体を大きく崩した大沢崩もその起源は情報が少なく断定されていないが、プレート運動に伴う大地震の都度、その規模は拡大してきている。
巨大地震による山体崩壊はその後何十年、何百年と土砂災害と下流河川の河底変動をもたらす。その後の豪雨現象による河川の氾濫をくりかえす元凶なのである。来るべき東海地震により、大谷崩、大沢崩の拡大のほか、次なる大山体崩壊が生じる可能性があることを、この静岡の大地はメッセージを発している。
(竹林征三・環境防災学部教授=風土工学研究所長)