防災報道について意見を交わした記念座談会=静岡市登呂3丁目の静岡新聞放送会館 |
やがて来る東海地震の被害を少しでも減らすために、粘り強く地震と防災の情報を発信したい―。静岡新聞社が二〇〇一年二月に連載を始めた「週刊地震新聞」が、通算200号を迎えた。「減災」を最大の目標に、災害報道の新たな形を模索した試みは、まだ道半ば。連載開始後も、宮城県北部地震や十勝沖地震、そして新潟県中越地震と地震災害が続き、防災に果たすメディアの役割は高まるばかりだ。200号を記念して、県内で熱心に防災に取り組む四人の識者に、災害報道や防災の現状、課題などを語ってもらった。
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| 小林 隆史さん |
| 富士常葉大環境防災学部専任講師、41歳 | |
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| 清水 康子さん |
| 県災害ネットワーク事務局長、48歳 |
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| 岩田 孝仁さん |
| 県防災局防災管理室専門監、49歳 | |
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| 大村 純さん |
| 大村医院院長、元静岡市医師会災害対策委員長、52歳 | |
-まず、皆さんと防災とのかかわりについてお聞かせください。
大村純さん 静岡市医師会の災害対策委員長を四年ほど務め、トリアージ(負傷者の治療優先度判定)を一般の方々に理解してもらうための訓練などの活動に取り組んできました。静岡地区の医師や薬剤師、行政、市内の公的病院、看護協会、町内会、それにボランティアなどとの災害対策連絡会もつくり、防災啓発の活動を進めています。
小村隆史さん 防衛庁の防衛研究所にいた時代に、これからの自衛隊の役割として災害派遣について考えたのが、防災とのかかわりの始まり。阪神・淡路大震災の後の一九九七年には、現在行われている災害図上訓練「DIG」のひな形づくりにも取り組みました。
清水康子さん 浜松市のコミュニティーFMのパーソナリティーとして、番組で阪神大震災の被災地の状況を放送したりしていく中で、今所属している救難バイクの団体などとのつながりができました。そこから県災害救援ネットワークに発展して、将来の市民防災力を育てようと幼稚園から大学まで巻き込んだ実践的な防災訓練などの活動をしています。
岩田孝仁さん 大学で構造地質を学んでいたころ、伊豆大島近海地震(一九七八年)があり、初めて地震災害の現場に触れました。県庁に入ったころは東海地震説を受けて県の東海地震対策がスタートしたばかりで、当時は皆が、今起きてもおかしくないというムードでした。対策を日々積み重ねてくる中で二十数年がたち、結果として今の地震対策がつくられたと思います。
-今年は地震や豪雨など、災害が多発し、災害報道に触れる機会も多かったと思います。災害報道の現状をどう受け止めていますか。
大村さん 発災初期の報道は、被災地外からの支援の動機付けになる意味でも、マスコミの役割、貢献度は大きいと思う。ただ、報道の功罪はやはりある。例えば騒音が救助の妨げとなるヘリ取材は、人道的視点からもやめるべき。
小村さん いつも感じるのは、被災者が今後を“先読み”できるためのデータ、情報をどう提供していくのか、ということ。どういう問題がこの先にあり、どう立ち向かっていけばいいのか、被災者にとっての指針となる情報、例えば罹災(りさい)証明や応急危険度判定とは何なのか、どういう意味があるのか、そういうことを説明できるのがメディアの力だと思う。
清水さん メディアにとってのいい報道と、被災地・被災者にとってのいい報道、そして被災地外にアピールする報道、それぞれ趣が全部違う。発災初期の報道はもちろん大事だけど、その後の話も大事。阪神の時に私は、ラジオで定期的に同じ被災者に話を聞き続け、復興の様子を伝えた。被災地の復興に力を与えるためにも、地道に“その後”を追う報道をやっていくべき。
小村さん 取材者に対する訓練はメディアの中でどれぐらいなされているのか。ストーリーを最初につくって報道する、そういう傾向を社会部系の記者に感じる。
岩田さん 平成元年の伊東の海底噴火では、東京や関西から多くの記者が来た。彼らの目線は外に向かってどうニュースを発信しようかというもの。だから、伊東の混乱ぶりを伝えようと、あら探しのような取材もする。当時、地元のマスコミには「今困っているのは伊東市民。足元がぐらぐら揺れて、いつ避難しようかと悩んでいる。だから市民のための報道をしてほしい」とお願いした。今、伊東の地下で何が起きているのか、いざというときはどうすればいいのか、それが市民によく分かるように伝えてほしいと。ローカルメディアには、防災の一翼を担う意識を持っての報道を望みたい。
小村さん 気持ちが温かくなるようなエピソード、お互いに頑張ろうという気持ちにさせる、そういう報道も活字メディアの役割として期待している。
-「週刊地震新聞」は平時の防災報道、情報発信に取り組んできましたが、防災啓発でどのような報道、情報が必要ですか。
小村さん 自然の摂理の議論をもっとしてほしい。今回、新潟県中越地震の被災現場を見て、弱い家が倒れるべくして倒れたと感じた。原因が地盤なのか建物の構造なのかという問題もあるが、(被害の)“先読み”ができる、その目を養ってもらいたいし、その役割をメディアに期待したい。自然の恵みと脅威は表裏一体だということをきちっと理解すれば、がけの下や沼の跡地に家を建てることなどはしないと思う。
岩田さん 防災の事前報道はなかなか長続きしない。その点で静岡新聞の「週刊地震新聞」は全国でも特異な事例。阪神大震災の前に一部の学者が神戸での地震の可能性を指摘したが、それが市民や行政にも伝わらなかった。マスコミが伝えたとしても市民が防災に対する目を持っていなければ伝わらない。継続的な事前報道が大切だ。平時に市民に防災に関心を持たせるには、災害を自分のこととしてイメージさせることが重要。東海地震が起きた時、自分がどういう状況に置かれるかをイメージすることによって、必要なことが分かってくる。マスコミには、市民が災害をイメージできる多様な情報発信を期待したい。
清水さん 静大で初めて宿泊訓練を行い、体育館で寝た時に、取材に来た静新の若い記者が夜遅くまで付き合ってくれた。翌日も休日なのに早朝にまた来て取材してくれた。そういう同じ目線で取材してくれると私たちも心を開く。被災者取材も同じで通りいっぺんではなく、血の通った、温かさや記者の人間性が出る報道が大事だと思う。
大村さん 災害時医療の基本はトリアージと住民の自助努力しかない。幸い、トリアージについてはマスコミが何回も取り上げてくれるので、市民にも理解されるようになってきた。繰り返し報道されることで認知されるので、事前報道に力を入れてくれることはありがたい。
-それぞれの立場で防災上の課題、県民に訴えたいことは。
小村さん 地図を一緒に囲みたいですね。昔の地図と今の地図を比べると、土地利用の問題点、適否が分かる。それを頭に入れた上で住宅地図を見ると、この辺りは危険かもしれないということが認識できる。足下をしっかり見ることが大事。
清水さん 阪神大震災以降、ボランティアが被災地に駆けつけているが、あまりボランティアに期待するな、と言いたい。自分たちもボランティアになり得るし、人に頼る前に自分に自信を持ってほしい。死なないとかけがをしないとか、被災しても水や食糧は当座は何とかなる、自分ができなくてもあの人がいる―などのネットワークを持つこと。自らが被災者にならないために、日ごろの備えをしておくことが自信につながる。
大村さん 災害時の医療は普段と違い、特殊性があってすぐには診てもらえないということを理解してもらいたい。応急救護も救出も、けが人の搬送も自分たちでやらなければならない。それを体制として整えるために、住民も救護などの技術を身につける必要がある。
岩田さん 東海地震説が発表されて二十八年になる。県民は東海地震が空気みたいな存在になってしまい、緊迫度が年々薄れているようにみえるが、逆に自然現象としての東海地震の切迫度は確実に増している。人間は弱いので現実から目をそらしがちだが、そこをちゃんと意識すれば、命を守るために家の耐震性をチェックし、自主防災組織の活動をしっかりやろうという意識が出てくる。他の地域で起きた震災を自分のこととして考えてほしい。
【200号に寄せて】住民実践へ辻説法期待
福和伸夫・名大大学院教授(耐震工学)
週刊地震新聞は二十一世紀とともにスタートした。東海地震説から四半世紀が経ち、防災意識の中だるみに、地域を守るジャーナリストが危機感を持った。その後、二百回にわたって地震の話題を提供し続けた。並大抵のことではない。これを支えたのは、取材陣の地域防災への責任感と情熱、そして、読者の見識の高さだろう。四年間の記事タイトルをざっと眺めてみたが、特集の先見性には目を見張る。猛勉強したことがよく分かる。
地震と闘うには、敵の力と己の力を知る必要がある。週刊地震新聞はそのための知恵を沢山提供してくれた。次に必要なのは、県民の防災行動の実践である。行政や専門家がいくら頑張っても、住民が行動しなければ地域防災力はアップしない。そのためには情熱を持った辻説法役が不可欠である。それが、次の週刊地震新聞の役割である。
その素地はある。二年前に静岡新聞編集局が企画した親子防災スクールは、防災をテーマにした地域興しだった。地域を活性化することが地域防災力の源泉である。編集局の方々の情熱と、県民の静岡新聞への信頼感が地域を動かした。
このところ、十勝沖地震、紀伊半島南東沖地震、新潟県中越地震などが相次いで発生し、タンクのスロッシング(液面揺動)、超高層建物の揺れ、新幹線の脱線、山村の孤立、震度7の恐怖など、東海地震対策を進める上での教訓を数多く得た。
今世紀前半には、東海・東南海・南海地震が確実に発生する。被災地は四千万人が住む。最悪、被害は死者三万、全壊家屋百万軒、被害額百兆円にも及ぶ。これを抜本的に軽減しなければ、将来の日本は無い。
今すべきことは家屋の耐震化である。我が国の耐震性の劣る建物は千四百万軒。全て改修するのに必要なお金は約二十五兆円。国民総生産五百兆円、国の長期債務七百二十兆円と比べれば決して大きな金額ではない。その気になれば不可能ではない。大切なものを守るために、学びから実践へとシフトする時である。週刊地震新聞の役割はまだまだ大きい。